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本田圭佑の家族構成は?妻や子供が養子の噂も調査!

日本だけでなく海外でも活躍している本田圭佑ですが、その家族構成も気になりますよね。本田圭佑には子供が3人いますが、実はその中に養子もいるという噂もあるようです。
実際どうなのか、その家族構成から探ってみたいと思います!

本田圭佑の家族構成や生い立ちは?

順風満帆に育ってきたイメージのある本田圭佑選手ですが、実はかなり複雑な生い立ちであるようで、特に幼少期には複雑な家族構成であったようです。

本田圭佑選手は父と母、兄の4人家族でしたが、本田選手が小さい頃に両親は離婚しています。

本田選手の父・司さんと母・通称えっちゃんは、本田選手が小学2年生の頃に離婚し、その後本田圭佑選手と兄・弘幸さんは父に引き取られ父親、祖父母と共に生活しています。

幼い頃は貧しい生活を送っていたとも言われているようです。
しかもまだまだ母親に甘えたい時期である小学2年生で母親と離別するのはとてもつらかったのではないかと思います。

もしかしたら色々な面で我慢を強いられていたかもしれませんね。

さらに母親は身体が弱く病気がちだったために、地元の広島県府中市へ帰省し実家で暮らすことになってしまいます。

本田選手は小学生の頃、そんな病弱な母親の元へお小遣いを貯めては密かに会いに行っていたようです。

現在本田選手の母親は施設に入所しており、今でも暇を見つけては施設へ出向いているという本田選手の姿からは、家族思いの優しい一面が垣間見えます。

またお兄さんは現在、本田圭佑選手が設立したHEROE株式会社の代表を務めており、また代理人もしているようです。

本田圭佑の妻や馴れ初めは?

ここでは、本田圭佑選手の奥さんとの馴れ初めについて見ていきたいと思います。

結構サッカーファンの間では有名な話のようですが、本田圭佑選手と本田選手の奥さんである元保育士の美沙子さんの交際は高校時代から始まっていたようです。

付き合うきっかけになった馴れ初めはとてもドラマチックです。
本田選手が高校時代に金沢西高校との練習試合に勝利した後、当時金沢西高校のマネージャーをしていた美沙子さんの元へ行き、「俺と付き合ってほしい」と告白したんだそうです。

本田選手、意外と情熱的でロマンチストなんですね。

ただ一方で試合に負けた金沢西高校側から見れば、試合には負けるわ大切なマネージャーを取られるわで悲惨な状況だったかもしれませんね。^^;

突然の出来事でしたが美沙子さんは本田選手からの告白を受け入れ、その後順調な交際を続けた2人は高校卒業後2008年7月に入籍しました。

本田圭佑の子供は3人で養子もいる?

これは、本田圭佑選手が「子供を公の場に登場させるのは最初で最後」と発言した時の画像です。

画像を見ると、同年代の子供と比べかなりしっかりとしたお子さんであるという印象を受けますよね!

やはりサッカーが好きだったりするのでしょうか。

本田選手のように、父親が世界を舞台に活躍している方の子供さんは、どんな風に親のことを見ているのでしょうか。

父親に憧れ、父親と同じのように世界で活躍する人になりたい、と思っているかも知れないですね。

実はネット上で本田選手の子供さんについて検索すると、”養子”というキーワードがいつも出てきます。

結論から言うと、本田選手の子供さんが養子であるという噂はデマであるようです。

どうやら結婚してから数年間子供ができなかったことが、奥さんの不妊説や養子説が出回るきっかけとなったようです。

大変プライベートなことなので失礼な気もしますが、それだけ本田圭佑選手とその家族が世間から常に注目されているということを表しているのかも知れませんね。

本田圭佑の父親の職業は?

本田圭佑選手のお父さんの名前は、本田司さん。
本田選手の父・司さんは、熊本県坂本村の出身ですが、その後、実家のある大阪府摂津市に移りました。

今も摂津の実家には、父方の祖母が暮らしているようです。
ちなみに、本田選手のお父さんの口癖は
“一番になれ!”

本田選手といえば、あらゆる面でトップにこだわる、その強いメンタリティが最大の特徴であると言えますが、これはお父さんからの影響が大きかったのですね。

本田選手は、小学校2年で摂津FCに入団し、サッカーを始めますが、たまにお父さんが試合を観に来ると、
“お前の試合は全く見れへん”

という厳しい言葉が…(>_<)

“お前が休んでいる間にブラジルでは練習しているぞ”

と言われた事もあったようです。

中学生になり、ガンバ大阪のジュニアユースに進んだ本田選手は、練習場までの5駅の道のりをモノレールで通い始めます。
しかしここでも、父・司さんから厳しい言葉が…

“お前、なんでモノレールで行っとるんや。チャリンコで行くのもトレーニングやろ!”

お父さんからこんな風に言われた本田選手は、すぐモノレールを使うのをやめ、自転車で練習場に通い始めました。

自転車で5駅…常にトレーニングしているとはいえ、かなり厳しい距離ですよね。

もちろん お父さんは、モノレール代が惜しかったわけではありません。

モノレールに乗れば楽に練習場まで行ける、という考え方が大嫌いだったようです。

Jリーグの下部組織に所属すれば、会費や遠征費などかなりお金がかかります。

しかし、お父さんは金銭面については一言も文句ひとつ言わず、本田圭佑選手を全面的にサポートしてくれたようです。

そんな本田選手のお父さんですが、ご本人はどんな職業に就いていたのでしょうか。

実は以前、お父さんのこんな言葉がメディアで紹介された事があります。

“野菜の卸の仕事をしている私がオランダに事務所を作ったらどうなるかと同じ。

自分のやり方より地元の人が何を求めるかを考えないと。
サッカー選手なら得点するのが一番評価される”

お父さんの職業は、野菜卸関係の仕事のようです。
息子に対して大変厳しいイメージのあるお父さんですが、実はこんなことも話しています。

“私の父は高度成長期に働き盛りだった。
かまってくれなくて寂しかったし、反抗もした。
息子ができたら友達のような関係になりたかった”

厳しさはも愛情の裏返しでもあったようですね。
また本田選手はお父さんについて、こう語っています。

“親父から僕は男としてどうあるべきか、カッコいい男とは何かを学びました”

息子である本田選手に対して大変厳しく接してきたお父さんですが、その愛情はしっかり本田選手に伝わっていたようです。

 

本田圭佑の母親は広島府中市に?

本田圭佑選手のお母さん、通称「えっちゃん」は年齢は50代で元々は広島県の出身の人です。

学校卒業後は親元を離れ、大阪で生命保険会社のセールスレディとして働いていました。

やがて本田選手の父・司さんと出会い結婚しますが、本田選手が小学2年生の春に離婚。

本田少年は、お兄さんと一緒にお父さんに引き取られて育ちました。

一方お母さんは病気がちであるため、広島県府中市の実家で自身の両親と暮らすことになります。

府中市は広島県の東部に位置する山間の町ですが、本田選手は幼いころから、母親に会うためたびたびこの地を訪れています。

お母さんの病状はけして良いとはいえず、一進一退を繰り返していました。

元気な時には公園で軽い運動をする姿も見られましたが、体調が悪い時は、塞ぎ込むこともあったとようです。

そんなお母さんと、お母さんの面倒を見るおばあちゃんに、本田選手はある約束します。

“一軒家を建ててやる”

しかし、お母さんの両親、つまり母方の祖父母は、南アフリカワールドカップの前後に、相次いで亡くなってしまいます。

病弱なお母さんは一人で生活するのは難しく、病院に併設されている施設に入ることになりました。

一軒家をプレゼントする事は難しくなってしまいましたが、本田選手は今でも、寸暇を惜しんで、お母さんに会いに行っているそうです。

プレー中はいつも強気な態度で試合に望んでいる本田圭佑選手ですが、本当は母親思い、そして家族思いの優しい人柄のようですね。

本田圭佑の兄の年齢と経歴は?

本田圭佑選手のお兄さんの名前は、本田弘幸さん。
本田選手より3歳年上です。

兄・弘幸さんも実は元サッカー選手で、15歳で家族の元を離れ、帝京高校へ進学しサッカーを続けていました。

高校卒業後は、単身アルゼンチンへ渡り2部リーグでプレーし、帰国後には大分トリニータへの入団が決定していました。

しかし、入団直前にひざの靭帯を痛めてしまい、残念ながらサッカー選手としてのキャリアを断念せざるを得ませんでした。

その後、一時は俳優を目指した事もありましたが、現在はHEROE株式会社の代表を務め、本田選手の代理人なども務めています。

本田選手のお兄さんもサッカー選手だったんですね。
兄弟2人とも海外のサッカーチームでプレイするなんてすごいことですよね。

これもきっとお父さんの厳しくも愛情のこもった子育てのおかげではないか感じます

また自身もサッカー経験があり、その厳しさも楽しさも知っているお兄さんが本田選手の代理人を勤めているなんてまさに理想的ですよね。

本田圭佑のプロフィール

名 前:本田圭佑(ほんだけいすけ)
生年月日:1986年6月13日
年 齡:31歳
出身地:大阪府摂津(せっつ)市
身 長:182cm
体 重:74kg
本田圭佑選手は中学生までは地元摂津市ですごします。

摂津市立第四中学校に在学中から、ガンバ大阪ジュニアユースに所属。

家長昭博、安田理大、東口順昭選手らとともにプレーしましたが、当時はスタミナやスピードに課題があり、ユースチームへの昇格内定がもらえませんでした。

その後高校は甲子園常連校でもある石川県星稜高校へ進学。

野球選手の松井秀喜さんと同じ高校ですね!

3年生の時にはチームのキャプテンも務め、全国高校サッカー選手権では石川県勢初のベスト4となる快挙を成し遂げます。

高校卒業後名古屋グランパスへ入団し、プロとしての第一歩を踏み出しました。

こちらは本田圭佑選手の在籍チームと試合出場数、獲得得点です。

2005-2007 名古屋グランパス 90試合 (11得点)
2008-2009 VVVフェンロ 68試合 (24得点)
2010-2013 CSKAモスクワ 94試合 (20得点)
2014-2017 ACミラン 81試合 (9得点)
2017-2018 CFパチューカ 29試合 (10得点)
2018~オーストラリアリーグのメルボルン・ビクトリーへの完全移籍

終わりに

いかがでしたでしょうか?
今回は「本田圭佑の家族構成は?嫁や子供が養子の噂も調査!」について記事を書きました。厳格なお父さんの元で育った頃からこそ、今の凛とした本田圭佑があるのかもしれませんね。
子宝にも恵まれて、子供の将来にも期待が高まりますが一体本田圭佑が目指す先がどこなのか、全く目が離せない選手ですね!
経営者や監督としても実力者になりそうなので、頑張って欲しいですね!

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