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さくらももこ 結婚・再婚の旦那(夫)や子供・姉の現在は?

先日、ガンによりお亡くなりになったさくらももこさんが何かと話題です。
今回はさくらももこさんの結婚や再婚について、また、旦那や子供、実の姉の情報などに興味がある方が多いようです。
この旦那・子供・姉といった情報はあまり公表していないようでしたが、結婚と再婚の情報から少しずつ情報が出て来ましたので、これを紹介していきます。

さくらももこのプロフィール(顔写真あり)

さくらももこの本名

さくらももこさんの本名は非公開でしたが、旧姓は“三浦美紀(みうらみき)”であるそうです。現在は再婚していて苗字が変わっているようですが、下の名前は〇〇美紀さんというようですね。

さくらももこの経歴や顔写真

芸名:さくらももこ
本名:三浦美紀※本人は非公開にしているようです。
出身地:静岡県静岡市清水区
生年月日:1965年5月8日
年齢:52歳(2017年)、53歳(2018年)
身長:159cm
デビュー:1984年
出身高校:県立清水西高等学校
最終学歴:静岡英和女学院短期大学卒業

まだ、53歳ですよ!若すぎます。ファンならずとも、非常に残念で堪りません。
さくらももこさんは、自身の少女時代を題材にした漫画「ちびまる子ちゃん」の原作者としてとても有名ですが、実は、知る人ぞ知るエッセイストとしても活躍しており、初期エッセイ3部作「もものかんづめ」「さるのこしかけ」「たいのおかしら」は、いずれもミリオンセラーの大ヒットを記録しました。若い人には、エッセイストとしてのさくらさんを知らないかもしれませんね。1986年4月、地元の静岡英和女学院短期大学を卒業後、株式会社ぎょうせいに入社しましたが、勤務態度の悪さが原因で、わずか2ヶ月で退職勧告を受けて以降、漫画家として本格的に活動を開始しました。1990年に「ちびまる子ちゃん」がアニメ化されると、国民的人気を獲得。「サザエさん」の後釜とまで言われました。作詞を担当した「ちびまる子ちゃん」の主題歌「おどるポンポコリン」で、第32回日本レコード大賞を受賞。ただし、レコード大賞を受賞するほどの優れた作詞・歌とは到底思えず、まさにバブルの恩恵とまで揶揄する人も多かったようです。以降、漫画家・作詞家・脚本家・エッセイストとして活動していましたが、「ちびまる子ちゃん」が余りにも有名で、他の顔は知らない人が多いのではないでしょうか。とにかく、驚くべきマルチな才能を持った人でした。

さくらももこの結婚・離婚をした旦那(夫)は誰?

1989年(当時25歳)のときに、集英社の漫画雑誌「りぼん」の編集者を務めていた「宮永正隆」さんと結婚したさくらももこさんですが、どのような生活環境だったのでしょう。
漫画やアニメの大ヒットもあり、結婚生活は順調に仲良く生活されていると噂されていました。しかし、なんと、その後離婚しているんです!!

さくらももこが離婚した理由とは?

1998年にさくらももこさんは、宮永正隆さんとの離婚を発表しました。離婚の理由は、亭主関白で威張り散らして、浪費癖や女性関係もひどかった旦那との結婚生活に耐えられなかったのが原因だと、ネットを見る限り書かれています。しかしながら、(株)ぎょうせいでの、さくらももこさんの勤務態度から考えて、一方的な言い分かもしれません。本当のところはどうだったのでしょう。以下、さくらさんの主張と、マスコミの見解をみてみましょう。

前の旦那はももこさんの編集担当者だったんだけど、結婚してからすべてのことを仕切り、自分がよく知らない絵のことまで細部に渡って口を出すのが耐えられなかった、、、という記事を離婚当初読んだことがあります。引用:さくらももこの前のダンナさんとの離婚原因は何ですか?最近、離婚当時… – Yahoo!知恵袋

 

だんなが毎晩のように銀座で豪遊していて、金遣いも荒く、女性関係もひどかったらしいです。当時の週刊誌でかなりたたかれてました。
引用:漫画家のさくらももこって何で離婚したんでしたっけ? – 漫画家のさくらもも… – Yahoo!知恵袋

さくらももこに子供はいるの?年齢は?

1994年には、宮永正隆さんとの間に長男も産んでおり、長男のペンネームは「さくらめろん」と公表していました。息子さんのめろん君の本名は陽一郎(よういちろう)だと知られていますが、本当かどうかわかりません。意外にも、長男の母親がさくらももこであることは長く秘匿していたそうです。さくらももこさんが息子さんに自身の正体を明かした時期は不明です。息子さんが、「さくらももこさん」が実は自分の母親だと聞いたときは相当驚いたでしょうね!少しは誇りに思えたのでしょうか。自分の母親が、かなり有名な人ですもんね!普通の人だったら、嬉しいでしょう。

息子さんも作家として活動していたことがあり、「おばけの手」 という絵本を書いています。さくらももこさんの才能を受け継いでいたんですね!さくらももこさんの息子「さくらめろんさん」は、1994年4月8日生まれで、現在24歳です。そんなにも若い年齢で、母親を亡くしてしまったのはとてもかわいそうです。
ところで、インターネットでの噂によると、さくらももこさんには2人の子供がいると書いてあるじゃありませんか!謎が深まります。 調べてみたところ、次男の名前は雄飛(ゆうひ)さんだということです。宮永正隆さんとの間には、さくらめろんさんしか子供がいない、という情報なので、もう一人は再婚した「うんのさしみ」さんとの子供なのでしょうか。やはり、謎が多いですね。 だとしたら年齢的には、14、15歳と見積もられます。 しかし、さくらももこさんのプロフィール上は息子は一人となっており、エッセイにも次男の名前を出していないし、妊娠したことや誕生したことも書いていないらしいです。不思議ですね。実在しているとしたら、まだ未成年なので、メディアには知らせないというさくらももこさんの配慮なのかもしれません。もしそうだとしたら、さくらももこさんの優しさが垣間見えますね 。

さくらももこの子供の大学はどこ?

大学の卒業を祝う投稿を見る限り、さくらめろんさんは2017年に社会人になったことが判明しました。作家との兼業である可能性が高いので、普通の仕事をしているんでしょうか。くまなく調査してみましたが、さくらめろんさんの出身大学名や現在、何の職業に就いているか分かりませんでした。これも、何かしらの理由があって秘匿しているのでしょうか。やはり、さくらももこさんの、母親としての心遣いであるように感じます。

さくらももこの子供の作品

さくらめろんさんが、作家として手掛けた作品とはどのようなものだったのでしょうか。さくらめろんさんは、さくらももこさんと一緒に「おばけの手」という絵本を出版していることが分かりました。仲のよい親子関係が推察され、ほっこりしますね。

さくらもも結婚(再婚)をした旦那(夫)は誰?

さくらももこさんは、2003年にイラストレーターの「うんのさしみ」さんと再婚しました。離婚してから9年目です。現在も夫婦関係が続いているらしいです。ちょっと性格に癖のありそうなさくらももこさんでしたが、未だ夫婦関係が続いていることを考慮すると、うんのさしみさんは、優しくて温厚な方だったと推し量られます。うんのさしみさんは、現在49歳の若さの男性で、職業はイラストレーターだそうです。主な作品は以下のものとなっています。

芸名:うんのさしみ
本名:非公開
出身地:非公開
生年月日:1969年1月17日
職業:イラストレーター

『アミが来た』 エンリケ・バリオス原作(さくらももこ訳)、徳間書店、2002年。『まほう色の瞳』 エンリケ・バリオス著(さいとうひろみ訳)、徳間書店、2002年。
『グランドファーザーとつり人』 トム・ブラウン・ジュニア原作(さくらももこ訳)、徳間書店、2003年。
さくらももこの作品『神のちからっ子新聞』に、ボンバー編集部のイラスト担当のマンガ家として登場している。引用:うんのさしみ – Wikipedia

不思議なことに、さくらももこさんとうんのさしみさんとの間に子供はいないので、さくらももこさんの子供は前夫との1人だけということになります。このことが、後で謎として世間に広まることになるのです。
それにしても、訳書のラインナップを見ると、さくらももこさんは英語が非常に得意だったことが推察できます。意外な一面ですよね!また、そこにうんのさしみさんのイラストがふんだんに出てくるわけですから、売れるのも納得いきます。

さくらももこの家族構成

自身の少女時代を題材として、漫画「ちびまる子ちゃん」を書き上げたさくらももこさん。同作品における「さくら家」の家族たちは、とても仲が良く、和気あいあいとした幸せな姿で描かれていることは、皆さんご存知のとおりです。だから「サザエさん」と比べられるのですね。しかし、実際のさくらももこさんの家族は、作品内で描かれているものとは全く異なっていたとの「都市伝説」がネット上で、まことしやかにささやかれています。まあ、あくまで都市伝説ですけど、その響きにはちょっと戦慄してしまいますね。その都市伝説の内容というのが、こちらです。

さくらももこの家族の都市伝説があるって本当?

様々な都市伝説があるので、本当かどうか、ここで検証してみましょう。ここでは、唐突に姉が出てきます。

・姉→男に騙され借金肩代わり、●●●で返済するも男性恐怖症で現在母の年金でヒキコモリ ・父→八百屋の雇われ店員を続けるもまる子が中学生の時に多額の借金と女を作り駆け落ち。数年後に北海道で凍死しているところを発見される。 ・母→心労により統合失調症になる ・お祖父ちゃん→アニメとは違いまる子をとことん嫌っていた。ボケたフリをして姉に性的虐待を行っていた。まる子が小6の時死亡。葬儀でまる子が「やったーお寿司だぁ~」と喜んだのは有名。 ・お祖母ちゃん→ヒロシの借金と駆け落ちに絶望し姉の部屋で首吊り。引用:さくらももこの家族の真実wwwwwwwww

なんと、家族5人全員が、不幸のどん底にあったという驚くべき内容となっています。しかし、こんなことってあるの?と思わせる衝撃的な内容ですよね。幸せな家族を描いたアニメ「ちびまる子ちゃん」しか知らない私たちからすると、信じたくもない話ですが、果たしてこれらの都市伝説は本当の話なのでしょうか?もしや、さくらももこさんは、このような家族であったから、普通の家族に憧れて、「ちびまる子ちゃん」を発表したのか?と勘ぐってしまいますね。
先に結論から申しますと、これらの都市伝説は、尾ひれのついたひどいうわさで「真相とは異なる」とされているようです。これらの都市伝説を知った人が、以前、ヤフー知恵袋に質問を投稿していましたが、回答者の方からは「うわさ」を否定する回答が大勢を占めました。

9割方デマです。本当なのは、おじいちゃんが陰険な人で、さくらさんはおじいちゃんが心底嫌いだったという点だけです。亡くなったのは、さくらさんが高校生の時。お寿司ではなく、おじいちゃんの死に顔がマヌケで、参列者一同の前で大笑いしたそうです。ちなみに御両親とも健在で、お姉さんも普通にお仕事をされています。引用:ちびまる子ちゃんの作者さくらももこさんの家族で姉、母 父、祖母はいまいっ… – Yahoo!知恵袋

漫画の中では描かれていなかった真実があります。さくらももこさんの父は「八百屋店主」であったらしいです。漫画の中では、家業が八百屋との描写は一切出てきていません。これは、さくらももこさんが「ごく普通の家庭として描きたかった」という思いが強かったのではないでしょうか。やはり、普通の家族に、多少なりとも憧れの気持ちがあったのではないかと推察できます。

『ちびまる子ちゃん』は、さくらももこの子ども時代の体験がベースとなった半自伝的な作品。つまり、ひろしの職業は青果店店主だったのだ! だが、我々の知っているまる子の家は、店を営んでいるような造りではない。どうやらこれは、「ごく普通の家庭として描きたかった」という作者の意図によるものらしい。きっと、このこだわりによってヒロシの職業を描きにくくなってしまったのだろう。引用:【ネタバレもありの徹底解明コラム】まる子の父・ひろしの職業が判明!? – ライブドアニュース

さくらももこさんの実父であるひろしさんは、現在もご健在で、地元の静岡県から、八百屋を辞めて、東京都内へと引越しされているそうです。

まずおじいさんとおばあさんは亡くなっているだろうけど他の家族はまだご健在だそうですよ。以前は自営で八百屋さんをされていたそうですが今はお店を畳んで家族で都内にお引越ししたそうです。お父さんに関しては90年代末ごろに出版された富士山というムック本に出版当時の写真が載っているそうだからご健在であることはたしかです。引用:ちびまる子ちゃんの都市伝説について質問です。今更ですが、気に… – Yahoo!知恵袋

上記の事実に鑑みると、ネット上でまことしやかにうわさされているような「浮気(駆け落ち)の末に、凍死」というような、とんでもエピソードの可能性は一切ないようです。これには、ホッとしますね。なぜ、このような「とんでもエピソード」の数々が、様々なメディアに出てきたのか、その理由は今となっては分かりません。しかし、さくらももこさんを快く思っていない一部のアンチファンによるものであろうことは、容易に想像できますね。さくらももこさんのアンチファンは、結構いるのでしょうか。これは、世間ではあまり知られていないことですし、ファンからしてみれば、結構意外なのでしょうか。さくらももこさんを嫌う要素は、あまりありませんからね!
それにしても、やはりさくらももこさんは普通の家庭に憧れていた、というのは本当らしいですね。更に、お祖父ちゃんにとことん嫌われていたというのが、もしかしたらトラウマになってしまったのかもしれませんね。むごいことです。

さくらももこの理想のおじいちゃん「友蔵」の真実

漫画「ちびまる子ちゃん」の中で、主人公「さくら ももこ(まる子)」の最大の理解者であり、溺愛しているといっても過言ではない登場人物として、いつも彼女を応援してくれている祖父の「さくら 友蔵」。Wikipediaにある「ちびまる子ちゃん」の登場人物紹介のページにも、その旨について詳述されています。

まる子の一番の理解者で、どんな時もまる子の味方。まる子を溺愛しており、まる子のトンチンカンな行動に協力しては他の家族に怒られたりあきれられたりしている。よくまる子に何かをねだられては、年金を使って買ってあげようとする。まる子にローラースルーゴーゴーを買ってあげたが、その後に寿司をねだられて7万5千円分の年金を使い果たし、結局ローラースルーゴーゴーは返品することになった[109]。引用:ちびまる子ちゃんの登場人物 – Wikipedia
まる子を溺愛し、いつも味方に立ってくれる理想のおじいちゃんとして描かれている「さくら 友蔵」。しかし、漫画の中で描かれている祖父「さくら友蔵」の姿は、現実の祖父とは大きく異なる人物であったことが、後に作者のさくらももこさん自身によって明かされています。だから、理想のおじいちゃんの憧れがあって、アニメの中では友蔵を優しいおじいちゃんとして描いたのかもしれませんね。以下に、さくらももこさんの述懐を精査しましょう!

モデルは名も同じ作者の祖父ということになっているが、作者によれば「性格は正反対。意地悪で冷たく、一番嫌っていた」とコメントしている。作者が高校2年の時に老衰で亡くなり、家族たちの誰も涙を流さなかったとのこと。(中略)そのため作中の好々爺である友蔵はむしろ「自分の理想のおじいちゃん」を描いたものであるとのこと。引用:ちびまる子ちゃんの登場人物 – Wikipedia

エッセイの「もものかんづめ」に収録されている「メルヘン翁」が、祖父にまつわるエピソードの真実とされています。

祖父が死んだのは私が高二の時である。祖父は全くろくでもないジジィであった。ズルくてイジワルで怠け者で、嫁イビリはするし、母も私も姉も散々な目に遭った。ジィさんは、死ぬ数年前からボケていたのだが、そのボケ方がどうも怪しい。知らんふりして私の貯金箱から金を盗んだり、風呂をのぞこうとしたり、好物のおかずが出たりすると一度食べたにもかかわらず、「食べてない」とトボケて食べようとしたりするのだ。引用:もものかんづめ (集英社文庫)

ファンからも、さくらももこさんの描いた「さくら 友蔵」が、漫画「ちびまる子ちゃん」の中だけの、理想のおじいちゃん像であったことが証言されています。普通は、孫は可愛く可愛くて仕方がないのがごく一般ですが、おじいちゃんは、相当性格が曲がっていますね。人を愛することができない人ですね。

さくらももこさんのおじいさんは昔から意地が悪く やたら意地悪をしてきたり イヤミを言ってきたりする嫌なおじいさんで さくらさんとお姉さんのノリコさんはかなり嫌っていたそうです 特に姉ノリコさんは よくボケたふりをしてお風呂を覗かれたりして特に嫌っており、死んだ時 「ムンクの叫び見たいだ」と爆笑したそうです。引用:さくらももこさんのお姉さんは、おじいさんが亡くなったとき爆笑し… – Yahoo!知恵袋

実の祖父の死を笑ったという、普通の人の感覚からは理解できないエピソードのある、さくらももこさん。ここまで読んできて、嫌われたのも当然ですよね!
しかしながら、ネット上では、このエピソードから、祖父を心から嫌っていた彼女の性格の悪さを非難する声も上がっています。事情を知らないんですね。ただ、彼女の著書の熱狂的なファンの方からは「誇張やデマがほとんど」との見解で一致しています。

ネット上では「さくらももこは友蔵の死をゲラゲラ笑った」と書かれているがそれは誇張だ。確かにさくらももこは友蔵の死を悲しまなかった。しかし笑ったのは実際は姉であり、死に装束があまりにもおかしかったのでついつい笑ってしまったのだ。死そのものを笑ったわけではない。引用:さくらももこ関連のデマについて|コジコジのブログ

さくらももこが乳がんで死去

2018年8月15日午後8時29分、さくらももこさんが乳がんで鬼籍に入りました。

さくらももこさん、乳がんを2011年から患っていました…最期は両親と息子が看取る

死去してしまったさくらももこさんですが、上記のように2011年から乳がんを患っていたと言います。病気が発覚した直後に東日本大震災が起きたので、心痛、いかばかりかとかわいそうになってしまいます。

病気が発覚したすぐ後に、東日本大震災(2011年3月11日)が起きた。さくらさんは、直後は作品中では触れるべきではないと考えたが、震災1週間後、まる子が花畑の中で涙を浮かべながら「きっと大丈夫だよね。日本も」と語る内容の4コマ漫画を新聞に描いた。その後2週間、新聞の連載を休んだ。さくらさんはその時期が本当につらかったと振り返っている。「病状はずっと膠着状態でしたが、この夏前になって、急激に悪化したそうです」(前出・知人)

 

東京都心にある自宅からすぐ近くにある総合病院に通って治療を続けていたようだ。奇しくも、そこは、乳がん闘病の末に昨年、命を落とした元アナウンサーの小林麻央さん(享年34)もがん発覚直後に通っていた病院だった。「最期は、静岡から上京して都内の自宅で一緒に暮らしていたご両親や20代半ばになった息子さんらに看取られたそうです」(前出・知人)引用:【漫画家】さくらももこさん、乳がんが発覚したあとに東日本大地震起こる…つらかったと振り返る

これを読むと、2018年は東京都心にある自宅傍の総合病院に通って治療を続けていたようで、あの小林麻央さんも一時期通っていた病院だったそうですね。この事実から、何の病院か若干想像できますね。最期はご両親と息子さんに看取られたそうです。さくらももこさんの人生は楽しかったのでしょうか。それとも、辛いことがおおかったのでしょうか。今となっては、知る由もありません。前者であることを祈ります。
最後に、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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